青山夕香のブログ「モテる!コミュニケーション」


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青山夕香の『前へ前へ』 14

カテゴリ: コラム 2008/9/17 水曜日 13:37:09

スポニチのライターになることに決めた!!(勝手に)

さぁ!これから戦いよ!戦闘開始!相手は簡単には狙撃できないわ。どう狙い撃ちしてくれよう。

まず『ザ・道人』で取材してくれたⅠ記者に連絡をしてみた。
「Iさん、青山です。記事読みました。本当に本当に感激しました。ありがとうございました。それで、私、あのスポニチの大ファンになってしまって。それで、あの、ライターに使ってください!」

「え?」

「スポニチライターになりたいんです!コラム書ける材料ならあります!!書きたいんですー!!!」

Ⅰ記者は困ったような声でこう言った。

「それは、難しいよ」

――――――――――――――――――――

難しいよ・・・

って、そんなあああああ!!!!!

なんて、しょげてなんてられないッ!!とにかく熱意をどうにかして伝えねばと思った。

「難しいのはわかっています。原稿書いたら見ていただけますか?ちょっとお時間下さい。またご連絡いたします!」

と、一人で勝手に話をすすめてこうまとめてみた。

・スポニチ読んで書き方をマネする
・本を読んで書き方の違いを知る
・他の新聞との違いを知る
・経済紙にも目を通してみる
・自分は何が書けるかまとめてみる
・自分は何が書きたいのかまとめてみる

スポーツ紙という娯楽紙は、『買って得をした』と思ってもらえるようなネタが大事。
でも、そんなこと、22歳でド素人、パソコン音痴、作文しか書いたことない阿呆な私にわかるわけもなかった。

・整形手術を受けようかと思ったこと
・ミスさっぽろになるまでの2年間
・大学生活のこと(アルバイト13コやった経験)
・ミス日本全国大会でのこと
・宝くじ幸運の女神のこと
・北海道で活動すべく将来の夢
・家族のこと

今の私に書けることをとにかくまとめることにした。悲しいことに、これほどまでにパソコンが普及しているというのに苦手で使い方がわからなかった。だから、手書きで原稿を何度も何度も書き直した。そうしてそれをファックスで送ったり、ラブレターとしてⅠ記者に送ったり8カ月かけて何度も何度もアプローチした。

そのとき、スポニチ支社長は『原稿用紙に手書きで書いてくるなんて大御所作家しかいない。コイツはなぜ、手書きで書いてくるんだろう』と、思っていたらしい。

電話でも熱意を伝えた。「難しいって言っているよ。たぶん無理だな」と言われた。

ファックスをした。「時間を見つけて見ておくから」と流された。

ラブレター攻撃をした。半年間何の連絡ももらえなかった。それでも私はあきらめようとは思わなかった。スポニチしかなかった。スポニチじゃなきやダメだった。スポニチのメンバーになりたかった。

次の戦闘方法はどうする?何となく手ごたえがあるような気がして楽しみで楽しみで仕方がなかった。

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青山夕香の『前へ前へ』 13

カテゴリ: コラム 0:31:44

02年度宝くじ幸運の女神に無事合格できてから、北海学園大学もまた無事に卒業でき(単位は本当にギリギリ)ミスさっぽろの最後の仕事も終わった。

大学を卒業したとたん、あんなに面倒くさいって思っていた行政法の授業も、1時間目からあった鬼のような必修授業も、なつかしく感じた。

これからは、束縛されるものはない。
守ってくれるものもない。
自分で仕事を見つけなくちゃいけない。

女神になれたからといって永久就職ができるわけじゃない。また新しい仕事を見つけなきゃいけないんだ。

だがこの女神の仕事を通して運命とも言える出会いがあるなんて22歳の私には想像もつかないことだった。

女神という仕事で全国43都道府県をまわった。地獄のサマージャンボキャンペーンも乗り越えた。

北海道生まれの北海道育ち、生粋な道産子の私が、40度になる真夏の岐阜県の外で「買わなきゃあたりません」と言ってひたすら宝くじのロゴが入ったティッシュを配るなんていう経験もできた。

地元北海道釧路&帯広の日帰り出張にも行った。真冬のキャンペーンに、ローヒールの普通の靴で手袋もなしにティッシュを配ったときは、さすがに寒すぎると恨んだこともあったけれど、それもこれも乗り越えてきた。

同時に全国の4マス(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌)への出演や取材を受けてきた。大手新聞社になればなるほど芸能人がわんさか来るのが当たり前。今度発売するCD等の宣伝等に大物歌手や人気シンガーソングライターも来ている中、『女神』なんて、誰??状態のはず。どうでもいい存在だったに違いない。仕方なく原稿を書いているのが見え見えの記者もいた。

そんな中でのことだった。私にとって一筋の光が見えた。スポーツニッポン新聞の記者との出会いだった。スポニチはちょっと違った。心が通ったと思える瞬間が毎回毎回感じることができた。どの新聞社でもない。スポニチだけ光っていた。

デスクと呼ばれているⅠさんという記者に「『ザ・道人』っていうコーナーに出てくれないかい?北海道で活躍しているひとに出てもらっているコーナーなんだけど、どうかな?」そんな声までかけていただいた。

女神としての青山夕香だけでなく「私」と言う個人にスポットライトを当ててくれ、うまく伝え切れなかったことが見事に記事として書かれていて、それをどう表現していいかわからないけれど「魔法」のようだった。

私の話を真剣に聞いてくれて、うなずいてくれて、引き出してくれて、質問してくれて、笑わせてくれて、まとめてくれて、にこにこしながら聞いてくれてすごくすごく嬉しかった。

全身に衝撃が走った!!

コレだ!!!!!と、思った。

「スポニチのライターになる!!!」

そう心が決まったとき、私の猛攻撃が始まった。

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青山夕香の『前へ前へ』 12

カテゴリ: コラム 2008/8/15 金曜日 3:28:48

ミスさっぽろの仕事中、雪祭りの真っ只中に携帯がなった。

ブルブルブルブル
厚手の冬制服のポケットで携帯が震えてる!!もしかしたら!!!

そっと出てみた。ドキドキドキ。

「はい!青山です」
「みずほ銀行宝くじ部です。この度は幸運の女神の審査会にお越しいただきありがとうございました。早速なのですが」
「はい、あの受かったのですか?」

「いえ。まだです」
「へ?」
「02年度の女神の候補として10人に連絡をさせていただいています」

そんなーーーーーーーーーー!!!

「最終6名を決めるために確認したいことがありまして・・・」

公的に認められているくじなだけに細かい確認が必要とされるのだった。

・今までグラビアや風俗関係の仕事をしたことがないか
・ミスコンテストの経験はあるのか
・1年間絶対に女神の仕事を優先できるのか
・大学は卒業できるのか

など、徹底的に調べられる。また、パソコンなどで徹底的に検索されたりもする。

「あの」
「はい?」
「わたし、どーーーしても女神がやりたいんです!女神じゃなきゃダメなんです!!お願いします!絶対に頑張ります!よろしくお願いいたします!!!」

「その気持ちはよく伝わってきました。とりあえず、正式なご連絡は2日後までにいたします。ただ、連絡がなかった場合は封書でお知らせします」

2日間、生きた心地もしないままとにかく連絡がくるのを待っていた。

もしも、もしも、連絡がこなかったら、私は、ニート???
はぁぁ、それだけは避けたい・・・。

1日目の朝は7時半から起きて携帯がなるのを待った。
結局、こなかった。

2日目起きたのは朝の5時だった。
それからまったく寝付けないッ!!!!!

ず~っと携帯を握り締めたまま祈るようにして目をつむっていた。

「受かっていますように」
「受かっていますように」
「受かっていますように」

――――――――――

ブルブルブルブル

ぬわっ!!

ベッドから勢いあまって降りたとき足の小指を強打したにもかかわらず、一切傷みは感じなかった。

「はい!!青山夕香です」
「宝くじ部です。青山さん。おめでとうございます!02年度宝くじ幸運の女神に合格されました。1年間よろしくお願いします」

「ほ、ほ、本当ですか?本当に受かったんですか?ぃやったぁああああああああああ!!!!!」

その日は一日、笑が止まらなかった。
高校受験でギリギリで合格したことがわかった瞬間と、同じだった!!

もう、うれしくてうれしくてうれしくてバスに乗って買い物に出かけたが顔がニヤけちゃって、変質者に見えてしまう!!

ダメだ。帰りは歩こう。歩いても歩いても、寒いなと思っても、足が痛くなってきたなと思っても
朝、強打した小指がジンジンしてるなと思っても
笑えてきてしまう!!やっぱり、めっちゃくちゃ嬉しい!!!

そうして無事に大学4年2月中旬にようやくミスコン活動が終わった。

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青山夕香の『前へ前へ』 11

カテゴリ: コラム 2008/7/23 水曜日 1:31:38

2002年度宝くじ幸運の女神の審査会が、2月新橋で行われた。

5次審査程あると言われている書類審査を無事に通過した60人が会場に集まった。

2095人もの応募があったらしく最終審査に進むことができたのは、まさに幸運!!

宝くじ幸運の女神の仕事は全国47都道府県にある宝くじ売り場で販売促進活動をしたり、各地のテレビ局や新聞社
都庁などを表敬訪問して宝くじのPRをする。

お正月に向けて宝くじを買う人が多いと思うけど『六番です!』って抽選をする女の子、番号を読み上げるひとが、女神だ。

とにかく女神のイメージは清楚、純朴、素朴。最終審査には真っ白のツーピーススーツに真珠のアクセサリーを付けて
飛行機の中では六法全書(一応法学部にいたから)を持って、刑法189条をパラパラ見たりもしていた。
※富くじの禁止が書いてある

最終審査に、北海道からは現役ミスツインクル(ミスJR北海道)の女の子も残っていた。私が1番、2番が彼女。たくさんの話をした。
南は九州福岡や鹿児島からも来ていた。

驚いたのは、つい1カ月前に同士だったミス日本候補者のひとりも審査会に来ていた(お互い苦笑い)!!

審査会は7、8人ずつステージに並び一人ずつ自己紹介をする。次に、一人ずつステージに立ち30人程いる審査員の方からの質問に答えるという、ミスさっぽろ審査会と同じ形式だった。

「宝くじは買ったこと、ありますか?」
「女神のイメージを聞かせてください」
「どのような女神になりたいですか?」

基本的な質問だったので、無難に答えた。何しろ1番なのだから比べるひとがいない。良かったのか悪かったのかサッパリわからなかった。

あっという間に審査会が終わった。新千歳空港行きの飛行機の中でひとりこれからのことを考えていた。

大学4年の2月ということで周りのほとんどは就職を決めていた。
私はミスさっぽろとして仕事をしながらもこの先のことが不安で不安で真剣に悩んでいた。

もし、女神がダメだったら・・・。
この先は何をしたらいいんだろう。

アルバイトを探さなきゃ。両親には迷惑かけられない。
でも、ミスコンしか興味が湧かない。
私は何ができるんだろう、と。

ミスに合格できたとしても任期は1年間。それ以降は何の保障もなく自力で仕事を見つけなければいけない。

任期が終わる前にまた別のミスを探し、オーディションを受け難関を突破する。そんな綱渡りをミセスになるまでするのかと思うとお先真っ暗だった。

2月。札幌は雪まつりシーズンで一番活気があって毎日ミスの仕事が入っていた。
生活は充実していてもいつもいつも不安がつきまとっていた。

どうしよう
どうしよう
どうしよう

何がしたいのか、何ができるのか
何に興味があって、何で評価してもらいたいか
自分のことが一番わからない!!

もう、ほんっっとにわからない!!

もし、女神に合格できていたら2、3日以内に連絡がくるはず。
携帯電話を肌身離さず連絡を待っていた。

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青山夕香の『前へ前へ』 10

カテゴリ: コラム 2008/7/22 火曜日 0:10:44

まぐれにもミス日本北海道地区代表に選ばれてしまった。

選ばれて驚いたことは、ハイレベルな研修会の内容と濃さだった。

さすがはミス日本!大和撫子選出大会!!話し方、メイク、カラー、マナーはもちろん着付け、能の勉強会まであるのだ。能なんてまったくわからない!!!と、思ったのは私だけじゃなかったみたい(笑)

素晴らしい勉強会だったが、毎回北海道から東京まで自費で通わなければならず、また研修会に行くと「え、コレだけのためにわざわざ札幌から来たの??」と、驚かれたりもした。

4カ月間、とにかく日本レベルの勉強に打ち込んだ。能や歌舞伎も興味を持って観るようにした。

グランプリコンテストは前夜のドレス審査、水着審査、着物審査がある。当日までに自分の体が一番綺麗に見える水着を求め、何十着と着て、ギリギリまで悩んだ。

靴も同じ。白いハイヒールという指定があり足が綺麗に見えて、身長が少しでも高く見えるものを買った。

また、前夜祭には膝丈までのドレスを着ていかなければいけない。専門店で自分の肌が一番魅力的に見えるターコイズブルーのドレスを購入した。

2002年1月某日ミス日本グランプリ大会が行われた。札幌ではお目にかかることが出来ないくらいのすっごく綺麗なひと、知的なひと、逆立ちしても敵わないような同世代を目の当たりにすることができた。

北海道の『じゃがいも娘』が勝てるわけが無い・・・。素敵なひとってやっぱり持って生まれたもの、才能も、センスも、やっぱりちょっと違っていた。

運も縁もチャンスも全部見方に出来るって、やっぱり彼女たち自身が素晴らしいからなんだと思った。

9時からの水着審査が始まった。審査員の方に話す内容を前日に渡してもらい、10この質問の中でどれが当たるかはわからないというもの。ひとりずつ自分で質問の番号をくじで引きその答えを発表する形式になっていた。

これでファイナルに進める10名が決定する。20人から10人に絞られ残った10人のうち5人が準ミス日本、そして5人がミス日本の称号を頂ける。

私が引いた質問内容は『もし、1億円が当たったら何に使いますか?』というものだった。

「両親と世界一周がしたいです。最初に行きたいところは・・・(下らない答えだったので省略)」

ファイナル出場者の中に私の名前が呼ばれることはなかった。日本のレベルの高さを感じ、不出来な自分が
本当に本当に本当に情けなくって帰りの飛行機でこれでもかっていうくらいずーーーーっと泣いていた。

札幌に戻っている最中に1本の連絡が来た。

「宝くじ幸運の女神』事務局です。最終審査へお越しいただきたいのですが、会場は・・・」

良かったーーーーーーーーーー!!

まだ、女神が残ってた!!もう一度チャンスはあるッ!!

1カ月後にまた東京まで行くことになった。

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青山夕香の『前へ前へ』 9

カテゴリ: コラム 2008/6/21 土曜日 21:06:00

『2002年度ミス日本』

この全国大会に出場するためにはまず、北海道地区代表を決める地区代表選出大会まで残らなければいけない。

応募できるのは未婚の25歳以下の女性。当時の私、22歳!「やるっきゃないじゃん!」と、思った。

まず、簡単な自己紹介書を提出した。
事務局から正式な書類が届く。
ここに、ウルトラスーパー細か~く書かなければいけない項目が100くらいあった・・・。

身長、体重、身体の各サイズ全て。3サイズだけではなく、足首の太さ、ふくらはぎ、太もも、腰周り、アンダーバスと、トップ他とにかく図りまくった。

また、写真館に行って何百枚とプロフィール写真を撮影してもらい、気に入った顔のアップ写真と全身写真を添えて送った。

そして待つこと1カ月。
無事に書類審査を通過した。

地区代表選出大会は、9月に仙台で審査会があるということだった。

ミスさっぽろの任期中、次のミスコンテスト入賞に向けてマナーの見直しや『イミダス2002』とか『朝日キーワード』など
片っ端から覚えた。

9月、仙台。
北海道地区、東北地区代表候補が続々会場に入ってきた。160人の1次選考通過者から、選ばれるのはたったの2人。

●ミス日本北海道東北地区代表選出大会の当日の流れ

・普通の洋服での審査(平服審査)
・水着審査

●平服審査

「何に打ち込んでいますか?」
「あなたを一言で言うなら?」
「一番大切にしているものは?」

●青山夕香の回答

「打ち込んでいるものは、資格取得のための勉強です。勉強嫌いでしたが、やればやるだけ身に付きますし、マナーも歴史があるので歴史的背景を考えながら勉強しています」

「私を一言で申し上げますと『根性』です。できるかできないかではなくやるかやらないか、です」

「大切にしているものは家族との時間です。空気のような存在だからこそ、気を配らないとないがしろにしてしまいそうになります。今日一日の話をできるだけ話たり聞いたりします」

●水着審査

「なぜ、その水着を着てきたのですか?」
「ミス日本のイメージは?」
「なぜ、ミス日本を受けようと思ったのですか?」

以上。合格通知は後日郵送で届くことになっていた。
手ごたえは正直よくわからなかった。

私「これで駄目でも、また来年受けてみるわ。とにかく審査員の先生が素敵でもう一回受けたいなって思ったんだよね」

母「そうなの。今回はあんまり自信がないみたいだね」
   
私「受かっていないと思う。基準がわからないし。リサーチできてなかったからな~」

母「そっか。
  あ、そうそう、コレ届いているけど」

私「・・・・・。」

ミス日本北海道地区代表合格証書が、なんと、届いていたのだ。

あああああああああああーーーーー
受かってるーーーーーーーーーー!

ミス日本という未知なる挑戦が始まった。

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青山夕香の『前へ前へ』 8

カテゴリ: コラム 2008/6/19 木曜日 20:34:56

ミスさっぽろに合格して1日目。たっくさんの「おめでとう」メールや連絡がきた。夢じゃなかったんだと安心した。審査会の夜は眠れなかった。

ミス審査会の翌日は北海学園大学で期末試験があった。試験後「ミスさっぽろに合格されたひとですよね?新聞見ました!握手してください」とまで言われた。
ノートにサインまでしてあげた。信じられなかった。

最初の仕事は氷点下10度を下回る札幌雪まつりだった。

4月までは『雪の女王』として(ミスさっぽろの卵)前年度のミスさっぽろの立ち居振る舞いや仕事のやり方を無償で学ばせてもらう。

雪まつりは1週間続き、期間中ずっと仕事。氷点下の中でも笑顔を絶やさず物腰はやわらかく写真撮影や握手にも快く応じる。

札幌観光協会の方に対する気遣いや市長、知事、議員の先生や企業トップへの心遣いなど先輩ミスの後姿を見て勉強させていただいた。

ミスになって自分の小さな小さな世界が大きく変わっていった。4月のデビューに向けて1カ月間の研修を受けさせてもらえたことも大きかった。

ものすごい素晴らしい講師の方に札幌の歴史や北海道の歴史をはじめ歩き方、話し方、ビジネスマナー、英会話、着付け、お茶、テーブルマナーなどを教えていただいた。
今では韓国語も教えてくれるのだとか。

東京、大阪をはじめ、台湾、香港まで札幌のPRのために行くことができた。また、ミスさっぽろの制服はすべてオーダーメイド。バッグ、時計、アクセサリー、靴、衣装がすべて私のためだけに作られたものだった。

できるできないじゃない。挑戦してみるかどうか。運と縁と少しの努力でお金では決して買えない貴重な経験と知識を得ることができるのだ。

ミスさっぽろになってから考え方もまた大きく変わった。「就職しない」ということを決めたのだ。

大学では、周りは公務員対策や教職課程を懸命に頑張っていた。私も適当に就職活動なるものはしてみた。内定を頂いた企業もあったのだがどうも『就職』がしっくりこなかった。

「このまま『ミス』の仕事で食べていけたらな」と本気で考えるようになった。
とにかく、ミスコンを極めたいと思った。
もう一度大きな舞台でスポットライトを浴びたいと思った。

●魅力的に思ったミスコンテストは次の通り

・パラオロイヤルプリンセス
・ミスインターナショナル
・ミス日本
・宝くじ幸運の女神
・ミスニューカレドニア

さらに絞って『ミス日本』と『宝くじ幸運の女神』の2つが候補に上がった。この2つに徹底的に的を絞って挑戦することにした。

また、一からミスの勉強をすることにした。

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青山夕香の『前へ前へ』 7

カテゴリ: コラム 2008/6/18 水曜日 1:08:36

最終審査に残った候補者は20人。約30人の審査員に対して候補者1人という形式の質疑応答が行われる。

6番の候補者の次は私の番だ。
とにかく2年間かけて頑張ってきたことを伝えようと思った。

「それでは13番の方、どうぞ」
呼ばれた!!
えぇい!!!行って来るぞ。勝負してくるぞ。

しーーーーーーーーーーーーーーーん
静まり返っている会場に私の靴音だけが響いた。椅子がひとつ用意されている。静かに腰を下ろした。

「13番 北海学園大学 法学部
 法律学科 3年次に在籍しております
 青山 夕香と申します
 どうぞよろしくお願いいたします」

すると、前列に座っていた女性の審査員の先生が徐にマイクを取ってこう言った。

「それでは、質問させていただきます。
 素晴らしい立ち居振る舞いができていますね。
 青山さんね、私、あなたにはコレを聞きたいの。
 将来、どのような女性になりたいですか?」

え?

将来どんな女性になりたいって???

えーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
いきなりーーーーー???
わからなーーーーーーーーーーい!!!
そんな質問の答え、用意してなーーーい

札幌の歴史、空港がある場所、連れて行きたい名所、自慢の食べ物etc。
こういう質問に答えられるようにバッチリ用意していったのに。

仕方なくあわてて考えた答えを言った。

「はい。男女平等と叫ばれている昨今、
 ただ女性が平等と声を上げるだけではダメだと思います。
 男性に認めてもらえるような努力を惜しまない女性でありたいと
 思っております」

これが自分の精一杯の答えだった。
私には「努力」の一言しか見つからなかった。

すると、質問してくれた審査員の方が
にっこりと笑ってこう言ってくださった。

「素晴らしいわ。私もあなたに同感よ。
 ものすごく努力をされてきたんでしょうね」

なんと、拍手までしてくださったのだ。

私に対しての質問はたったひとつだけ。これ以外何も聴かれなかった。

会場を去るとき「よろしくお願いいたします」とひとりひとりの審査員に頭を下げてゆっくり歩いて退場した。

控え室に着いたときはドッと全身の力が抜けた。

そして待つこと2時間。審査会場の中がザワついている。多分もう結果が出たんだろう。

候補者控え室に事務局の方が入ってきた。そして、こう言った。

「それでは皆さん、2001年度ミスさっぽろを発表いたします」

2年前の私と今の私は確実に違っていた。
目標に向かって頑張るということ、努力するということ。
ミスさっぽろの審査会を通してこんなにも大事なことを教えてもらった。

これで落ちても悔いはない。また来年挑戦すればいい。

「発表します。2001年度ミスさっぽろは
 13番青山夕香さん」

受かったーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!

本当に本当に本当に本当に受かったんだよね?合格したんだよね?間違いないよね?

真っ先に母に連絡した。

私「もしもし?受かった!!!」
母「本当?良かった~!!!」

本当に本当に本当に嬉しかった。
信じられないくらい嬉かった。

私でもいいんだって思った。
私で良かったんだって思った。

涙が出てきた。
すごくすごくすごく嬉しくて、夢が叶うってこういう瞬間なんだと初めてわかった。

経験したことの無いスポットライトを浴び、2000年度ミスさっぽろの先輩から赤いガウンとティアラを付けてもらった。

ミスさっぽろなんて、私には雲の上の存在だと思っていた。絶対になれるものじゃないと思っていた。秀でた何かを持っていなくちゃいけなくて、普通の私なんて無理に決まっていると思っていた。

たすきの贈呈が行われ、質問してくださった審査員の先生がかけてくださった。

「青山さん、今日からが本当のスタートよ。
 これからも努力して札幌で活躍してね!」

たすきの重みを実感した。ミスさっぽろとして恥ずかしくないようにもっともっと自分磨きをしなければと思った。

家に着くや否や「やったねーーーーーーーーーー!!!」と、母がもの凄い勢いで出迎えてくれた。
絶対に受かると信じてくれた母。あのとき「受けないで逃げるのかい!」と言われなかったら変わる努力もできなかった。

自分に自信がなくて下を向いて歩いていた私に夢は叶えるためにあるものだということを母は教えてくれた。

夢を叶えるために絶対にあきらめない!!!
これを胸に刻み今もなお挑戦中です。

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青山夕香の『前へ前へ』 6

カテゴリ: コラム 2008/6/14 土曜日 20:38:26

絶対に受かるんだ!!!

初めて自分と真剣に向き合い初めて努力できたと思えた2年間だった。

「自分のありのままの姿で挑戦しよう!」

ミスさっぽろの審査日までとにかく客観的に自分を見るようにした。鏡を見る。とにかく全身をくまなく見る。

自分がどんな表情でひとの話を聞いているか
自分が話すときはどんな目つきをしているか

どんなメイクなら自分を出せるか、どんな洋服を着ていけばミスという審査会にあっているのか。

明けても暮れてもいつもいつもミスさっぽろになるためのことを考え研究してきた。

運命の日。2度目のミスさっぽろの審査会の日がきた。

雪が深々と降る1月の寒い日だった。

私「じゃ、行ってくるね」 
母「頑張っておいで。リラックスして」
私「ぜっったいに、たすきもらってくるから」
母「うん!期待してるから!」

私が選んだ勝負服はベージュの7分丈のワンピース。胸元にピンクのコサージュを付け、リップと合わせた。髪は、ダークブラウンに肩までのストレートヘア。 メイクはほんのりピンクな感じでやさしく。

会場のロイトン札幌まで市電と徒歩で向かい集合時間の1時間前に着いてしまった。
1番乗りだった。

わたしの番号は13番。

続々と会場に候補者の女の子たちが集まってきた。綺麗な子はたくさんいる。でも、ミスさっぽろになりたい気持ちだけは誰にも負けない!!

もう、執念だけだった。

●1次審査

「はじめまして  わたくしは、 
 北海学園大学 法学部  法律学科  
 3年に在籍いたしております   
 あおやま  ゆかと  申します」

人の第一印象は7秒で決まる! 
目線は30人の審査員にくまなく配り、姿勢を正し、手は前で自然に組みほどよい笑顔でゆっくりと話した。

完璧だった!!!

○ポイント
・話し方は審査員の年齢に合わせてゆっくりと
・声のトーンは聞きやすい声で
・話すスピードとにかく落ち着いて上品に
・間を取って自分に引き付ける
・表情は作り過ぎない、ほどよい笑顔で
・目線は、まっすぐ審査員の目を見る
・立ち居振る舞いはビジネスシーンでも使える程度に

たったの10秒にも満たない自己紹介であっても審査員の先生(強敵)には見抜かれてしまう。

だからこの日の、この瞬間のために2年間かけてきたのだ。

自己紹介をしている最中、審査員からの目線が痛いほど私に飛んできているのがわかった。
鳥肌が立った。
そう、この手ごたえ!!!
まさにコレ!!この「興味を持って注目してくれる目線」が欲しかった。

この一瞬で私は1次審査は絶対に通過したと思った。

控え室に入るまで、姿勢を普段以上に意識し、歩いているときの表情にも気を配り歩いた。

そうして1次審査は終了した。あっと言う間だった。あとは結果を待つだけ。

約300人から20人が通過する。
「運」だと言う人
「まぐれ」だと言う人
「ミイステイク」だと言うひともいるかもしれない。

でも、中には本気で勝負に来ているひともいるということもまた事実なのだ。

「1次審査通過者を発表します。
 番号を読み上げますので、
 呼ばれた方のみ会場内にお残りください」

「6番、13番、15番・・・・・」

13番!!呼ばれた!通過した!通過したんだ!!!

午後からいよいよ最終審査。これで2001年度のミスさっぽろが決まる。

今回こそ、絶対に受かってみせる・・・。

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青山夕香の『前へ前へ』 5

カテゴリ: コラム 2008/6/10 火曜日 0:04:11

1年間、ミスコンテストのためだけの勉強をしてきました。

大学仲間は就職試験で必死。私はミスコン戦略で必死。

1年間、スクールに通ったり、セミナーに参加したり、知識にマナーに、ある程度頭と身体に覚えさせ次は「ミス」の本質を徹底的に調べようと思った。

まず、「ミス」に合格するひとは一体どのようなひとなのか。そして、全国で「ミス」と名がつくものは一体どれくらいあるのか。調べてみることにした。

まず、北海道だけでもあるあるあるある!!すごいある!

・ミスさっぽろ
・ミスツインクル
・ミスはこだて
・ミスおたる
・ミス旭川
・ミス流氷
・マーメイドくしろ
・ミスいわみざわ
・ミスあんどん
・ミスめろん
・ミスくだもの
・さくら大使
・みかさ小町
・鈴の音大使
・流氷パタラ
・ひまわり娘
・スカイレディー千歳
・オホーツクきたみ菊の女王
・とかち青空レディー
・ハスカップレディー

ありまくり・・・。ミスになりたければ、かなり可能性はあるということがわかった。

これが全国ともなると1000は越える。その中でも応募者が1,000人以上集うミスだけを選抜してオーディション見学に行ってきた。

全国各地のオーディション会場にペンとノートを持って審査員の真後ろに座って私もじっくり審査した。

●私が注目した点
・面接官はどこをみているのか(質問の内容)
・ミス候補者の自己紹介やPR(話し方、ことば使い、内容)
・服装、髪型、メイクの仕方(スーツの色、形、丈)
・合格者の印象、話し方、特徴(印象、スピーチ内容)

これらを厳しくチェックし一冊のノートにまとめた数、568人!

受かっている人のデータを基に「ミス合格術」を徹底的に調査した。その結果、受かっている人にある共通点があるということがわかった。

●共通点
・普通の体型(ぽっちゃりした体型のひとでも受かっています)
・めちゃくちゃ美人じゃなくてもいい
・正しい敬語が使える
・清潔感がある
・挑戦する意欲を持っている
・笑顔キープができている

簡単に言うと、審査員の方に好印象を持ってもらえる「素直で素朴なお嬢さん」が受かりやすいということ。

●ミスコンテストに合格できる女性の特徴
・自分を信じてあげられるパワーがある
・自分が輝けるために努力をしている
・「できるできない」じゃなく「やるかやらないか」
 という意欲的で前向きな考え方をしている 

全国のハイレベルな同世代の女の子たちを見てきて研究して勉強しつくして思ったこと。それは、ミスコンって楽しめるものなんだということだった。

なんだかとってもわくわくしてきた。ミスさっぽろの審査会が楽しみで楽しみで仕方なくなった。

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